前言撤回。ソラニンは最高の映画だ!(異論も認めん)
ども。
たった今、5分前くらいに映画の
『ソラニン』の後半部分を見終えた。
率直に感動した。
ただ一言。
胸に響いた。
重要なのは、
文学的に「浅い」「深い」
じゃない。
ただ一つの指標として
俺の胸に響くか否か。
『ソラニン』はワイの胸に響いた。
だから、『ソラニン』は最高に良い映画
異論は認めない。
正義と悪は俺が決める。
俺の世界の正義は俺の中ではずっと正義だ
だから、俺が「ソラニン」という映画を良い
と思うこの感性。、気持ちは誰にも否定させない。
論理や客観性は必要ない。
主観。
俺がいいと思うものはいい。
ダメと思うものはだめ、。
俺の世界ではな。
お前の世界にはお前の評価軸があって
俺の世界には俺の評価軸がある
ただそれだけ
ただそれだけ
物語の「中盤」で
主人公?の芽衣子の「彼氏」が自殺して
死んでからの
「登場人物たち」の気持ちの「転換」
その「転換」に胸が震えた。
ーーー ーーー ーーー
【好きな詩】
〜amazarashi
「僕が死のうと思ったのは」〜
明日を変えるなら
今日を変えなきゃ
わかっている
わかっている
だけど
僕が死のうと思ったのは
靴紐が解けたから
結び直すのは苦手なんだよ
人との繋がりもまた然り。
ーーー ーーー ーーー ーーー
だからこそ
さよならなんだ。
僕が必要としていたのは
明日からの世界を生きていく勇気ではなくて
明日以降の世界も”死んで”いく勇気
前に進むための力や原動力ってのは
”生”ではなく”死”にこそ宿る。
だから、これまでの日々に
さよならなんだ。
俺は26歳の春と夏の間の季節に死んだ。
そういう事にしておくよ。
今、この瞬間から。
だから、俺は
”生きる”ために”生きる”のは
金輪際、やめる。
俺は”死ぬ”ために生きる。
俺は、かつて死んだ””26歳の自分”のために生きる
追悼のため
その想いだけを糧に生きる。
あの日の亡霊とはさよならなんだ。
地獄みたいな日々に
灰色の日々にさよなら
拝啓、絶望殿。
俺はもうこの部屋から出ていくことにするよ
一生、お前と一緒に暮らしていく訳には
行かねーんだわ、。わかるでしょ?
あの日死んだ自分に。
RIP
Rest in Peace
安らかに眠れ
俺の魂よ。
そして
そのさよならの向こう側で
俺はもう一度、
君に出会いたい
だから
これまでの日々と
これまでの世界すべてに
さよならなんだ。
自殺志願者が
線路に飛び込むスピードで
僕は
生きていこうと
そう固く思います。